大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和53年(オ)1453号 判決

上告人

日野車体工業株式会社

右代表者

横道勇

右訴訟代理人

馬塲東作

外二名

被上告人

浜辺浜三

右訴訟代理人

梨木作次郎

外三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人馬塲東作、同福井忠孝、同高津幸一の上告理由について

所論の諭旨解雇を解雇権の濫用にあたるとした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)

上告代理人馬塲東作、同福井忠孝、同高津幸一の上告理由

上告人の上告の理由は左のとおりである。

第一 原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がありその破毀は免れないものである。

(一) 原判決は被上告人が松本皓を就業時間中会社作業場の裏手へ連れ出し右手拳で松本の左頬を一回殴りつけ、さらに平手で一、二回同人の頬を殴る暴行を加えたことを認定した上、被上告人の行為が就業規則六四条一〇号前段の「他人に対し暴行脅迫を加えたとき」に該当することは明らかであり、その他同号後段の「会社の業務を妨げたとき」同条三号後段の「事業場の秩序を紊したとき」、同条九号後段の「会社の信用を毀損したとき」同条一一号の「会社の内外を問わず不正又は不法な行為をして従業員たる体面を汚したとき」にも一応は該当すると認められると判示した。

しかしながら各種懲戒処分を段階的に定めている上告人会社(以下会社と略称する)の懲戒関係規定の趣旨にてらし諭旨解雇を選択したことが合理的裁量の範囲内にあるかどうか問わなければならないし当該解雇が懲戒規定に内在するとみるべきこれらの制約に反してなされたと認められる場合にはその解雇は解雇権の濫用として無効であり「本件解雇は懲戒規定に内在する合理的裁量の範囲を逸脱し解雇権の濫用としてなされた無効なものである」として第一審判決を取消したものであるが、要約すると会社の懲戒関係規定に該当するが「実質的には合理的裁量の範囲を超えた苛酷な処分である」ということに尽きるものである。

(二)(1) 被上告人の行為は会社構内において勤務時間中職務を放棄し同じく勤務中の松本を先輩たるの地位を利用して作業場裏手に引き出して作業を妨害した上、同人に暴力を振つた悪質極まりない行為であつて企業秩序保持の見地からすれば「暴力行為」と「職務放棄、職務妨害」の多面性をもつものであつて会社として到底看過できないところである。原判決のいうような「暴行そのものはさして強度のものでなく傷害にも至らなかつたこと」というような甘い認識は企業秩序の保持の点から軽々に許されるべきことではない。

使用者は就業規則を制定して経営秩序を設定、維持する権利義務を負うものであり、従業員にして経営秩序に違反する者を企業外に放逐しうる制裁権を有するものであるが、企業内における他の従業員に対する暴力行為は企業の物的施設の破壊と共に最も重大な企業秩序の破壊であり、これを放置する場合生産の向上を期待できないことは勿論、従業員の精神的身体的安全も保証し得ない結果を招くものであつて企業の存立自体を崩壊するものである。

(2) 更に原判決は「被害者松本にも多分に挑発的言辞があつたこと」を挙げているが、松本は挑発的言辞を弄したことはなく被上告人が挑発したものである。即ち被上告人は松本と共に他の従業員が分担しているサーモスタツト取付箇所附近の運転席横引違窓取付作業の終り次第取付に入ろうとして引違窓取付終了を待つていたが窓の取付がなかなか終了しないので松本は被上告人に自分で取付けるから被上告人は別の仕事をやつて欲しい旨云つたところ被上告人は「この仕事は四〇分位かかるからお前一人で出来るもんか」と馬鹿にしたので、松本は「この仕事は一五分位でやれる」と答え、これに対し被上告人は「新前のくせに生意気なことをいうな」と罵倒して口論になつたものである(乙第二号証の四)。松本が被上告人に対し挑発的言辞を吐いたとする原判決は証拠の採用を誤り事実を誤認したものである。

「本件暴行はいわば偶発的行為であり被上告人が過去に同種の行為に出たことはないこと」を原判決は挙げているが、企業内において暴力行為が計画的に行われたり、同一人において同種暴力行為が再三行われるような無法状態が許されないことは勿論であり、この種暴力行為が偶発的であり過去に同種の行為に出たことがなかつたとしても暴力行為の重大性に鑑みると、これをもつて直ちに情状を軽く判断する要素たり得ないものである。

(3) 原判決は「本件暴行については事件後間もなく反省の意を表明していること」を挙げているが会社は昭和四八年九月二五日開催の賞罰審査委員会の決定により松本皓及び被上告人に対し本来懲戒解雇処分に付すべきところであるが、両名の将来を考慮して退職勧告することを決定し職制を通じて退職勧告をしたところ、松本は直ちにこれを受け入れ一〇月三一日退職届を提出したが(乙第三号証)、被上告人は長尾部長、林次長、蔵課長代理による七回に亘る勧告(乙第一〇号証)並に河原重役の二回に亘る退職勧告に際しても結局反省の態度がみられず自分の進退を組合に委すということになり止むなく本件解雇に至つたものであり(乙第一四号証、河原証人第一審証言七丁裏乃至一四丁裏)、原判決が被上告人に事件後間もなく反省の意を表明していると認定したことは証拠によらない事実認定である。

(4) 「被上告人が暴行事件により捜査機関の取調べを受け略式命令により罰金一万円に処されたとしても、右の処罰がすんだのであるから従業員としての体面を汚したとはいつてもさして強い非難に価するといえず」とする原判決の論旨は到底理解し難いところであり、罰金刑による「処罰ですんだ」か否かは就業規則の懲戒理由たる「会社の内外を問わず不正又は不法な行為をして従業員たる体面を汚したとき」に該当して懲戒されるか否かとは直接関係なきものである。

(5) 原判決の被上告人の所為が「事業場の秩序を紊した」こと、「会社の信用を毀損した」こと並に「会社の業務を妨げたとき」に該当しないとする論旨はいずれも被上告人の就業時間内の他の従業員に対する暴力行為を軽視することに由来するものであり、企業秩序維持のため暴力行為特に就業時間中の暴力行為が厳に排除されなければならないことを理解しているならば到底原判決のような判断には至らないものである。

(6) 原判決は更に本件解雇処分後たる昭和四九年八月から九月にかけて会社内に存在する二つの労働組合の間の対立抗争に端を発した旗竿、立看板の焼却、ビラの奪取、組合事務所の窓ガラスの破壊、組合員に対する暴行等により略式命令で罰金一万円乃至三万円に処せられた従業員八名に対し減給一ケ月の処分に付した会社の態度が被上告人に対する対応と際立つた差異があるとして、会社には「企業内に暴力支配的風潮……の萌芽的なものに対しても常に厳正な処置をとる……」という基本姿勢を有するものでないことは明らかであるとしているが前記八名の諸行為は当時金沢地方裁判所で係争中であつた両組合間の積立金返還訴訟をめぐる対立抗争に端を発した組合間の抗争であり、本件の如き作業手順をめぐる従業員相互間の暴力行為とは自づから次元の異なるところであり、旗竿、立看板等の焼却は午前一時頃、ビラの投棄は午前七時三〇分頃であり組合事務所の窓ガラスの破壊、組合員に対する暴行は午后零時一五分頃でいずれの非行も就業時間外に行われたものであつて(甲第一七号証の一及び二)本件の如き就労時間の真只中におこなわれたものではない。更に事件后被上告人に反省の態度がなかつたことは既述のとおりであり、これに対し前記八名は前非を悔い深く反省し会社に対し穏便な措置を懇請し、同人らの所属する労働組合の委員長も今后同人らを監督し非行を繰り返えさせない旨誓約保証したものであり(河原証言一五丁〜一六丁)被上告人と前記八名との間には重大な差異があるものであつて八名に対する減給処分と被上告人の解雇処分との間には前掲諸般事情を考慮するならば何ら均衡を失するものではない。

(7) 以上原判決が本件解雇処分が合理的裁量の範囲を超えた苛酷な処分であるとしたことは、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があり、その破毀は免れないものである。最高裁判所は神戸税関事件(昭和五二・一二・二〇)四国財務局事件(同)において懲戒権行使についての判断を示しているが、右判決によれば「懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは懲戒権者の裁量に任されているものと解すべきである。もとより、右の裁量は、恣意にわたることを得ないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としていた懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を遺脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。したがつて、裁判所が右の処分の適否を審査するにあたつては、懲戒権者と同一の立場に立つて懲戒処分をすべきであつたかどうか又はいかなる処分を選択すべきであつたかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。」としている。右判決は公務員に関するものであるが使用者の懲戒権の行使の原則として直ちに私企業に全面的に適用することは格別としても暴力行為による企業秩序違反行為はあらゆる企業において共通して非難せられるべきことであり、更に公法人であろうと私法人であろうと非難の対象、度合いに差異はないのであるから、暴力行為等企業秩序ばかりではなく、法秩序、社会秩序違反行為を行つた従業員に対する使用者の懲戒権の行使については前記最高裁判所の判旨は準用されて然るべきものと思料するものである。従つて懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠く場合以外は適法なものであり前述したとおり本件解雇処分が「社会観念上著しく妥当を欠く」ものとは到底考えられないものであるから裁量権を濫用したものにも該当せず適法な解雇処分であり、裁量の範囲を逸脱した違法な処分とする原判決はこの点からも破毀を免れ得ないものである。

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